井ノ中の膾

ぼるんちゅの書き散らし

【前編】微分音学概論 ~“Xenharmonic”への招待~

xenarmonikós

Adventtikalenderi

これはCCS Advent Calendar 2023

adventar.org

16日目の記事です。

前回の記事はほむさんの暫定記事

homu-neko.hatenablog.com

です。

丁寧な考察にいたく感動しました、是非読んでみてください。



……本記事投稿待ってます。


目次


おことわり

こんんちゅ*1

最近PCの「O」キーが取れやすくなって困っているハルト・ボルンボーレルことぼるんちゅです。

今日は、いつもよりディープな音楽の話(微分音, xenharmonic周辺)をしていこうと思います。実用性など二の次です。

度数や音名など、楽典の用語もガンガン用います。わからなかったら各自で調べてください。

あと多少線形代数を使います。手元に教科書があると安心。

数学や音楽理論的な話が好きな人は、楽しめるかもしれません。そんな人いる?

偉そうに語っておりますが筆者はまだ微分音を使ったことがありません。Xenharmonic Wikiなどを読んで勉強したことの備忘録、知識の再整理みたいな記事です。いずれは使いたい。


Xenharmonic?

ゼンハーモニックと読みます。

"xen-" はギリシャ語由来の接頭辞で「異質な, 奇妙な」のような意味、"harmonic" は普通にハーモニックで、「12平均律などの既存の調律や音楽とは異なる、あまり聴き馴染みのない響き」みたいな意味を持ちます。

微分音」が一応それに近い概念ではあり、「微分音」という言葉で "xenharmonic" の意味を持つこともあるのですが、これだと「半音より細かく分割した音程」ぐらいの意味しかないように受けとられる可能性が高く、
それだけでない様々な異質な響きを含むことを伝えられない気がするので、"xenharmonic" という単語を使うのがいいと個人的には思います。

ちなみに文字通りの「微分音」に対応する英単語は "microtonal" です。
余談ですが微分(differential)とは何の関係もありません。


いま世界の主流な音楽はほぼ、オクターヴを均等に12分割する12平均律の音楽です。しかし、それに満足せず、非12平均律の音楽を追求、研究している人々もいます。

四分音が有名ですが、別にそれだけではありません。
ミーントーン音律を平均律に再構築したり、
短3度と長3度の中間の音程を使ったり、
ダイアトニックとは異なるスケールを構築したり、
もはやオクターヴを放棄したり……

まぁいろいろなことが試みられています。

そういうのを全部ひっくるめて、"xenharmonic" と呼ばれているわけです。

そういうものや考え方について、ほんの少し紹介解説が出来たらと思います。

んじゃいきましょ。


音程は「比」で考える

まずいくつか予備知識を。

まず、音と音の間隔、音程は周波数の「比」で考えます。「差」ではありません。
なぜかというと、我々の耳がそうなってるからです。

人間は、等しい周波数比の音程を、等しい音程と感じます。

440Hz - 660Hzの音程と等しいのは、660Hz - 880Hzではなく660Hz - 990Hzだということです。

恐らくは倍音同士の干渉によって響きが作られるので、等比が等音程に感じられるのかもしれないですが、よく分かりません。おい
どっかに論文ありそう。

またオクターヴ違いの音は、同じ音として感じられます。これをオクターヴ等価性(英: octave equivalence)といいます。
これも多分2倍音とかの影響でしょうが、やっぱりよく分かりません。純粋に先天的な人間の感覚ではなく、文化的な影響もあるという意見もあるらしいです。

アマゾンの先住民族アメリカ人に対して行った実験で、高音域の音を声で再現する際、アメリカ人は正確に数オクターヴ下げて再現したのに対し、アマゾン先住民族オクターヴではない間隔で下げて再現したりと、

アマゾン先住民にとっては、オクターヴ等価性がそんなに意識されているわけではない、という調査結果もあったりします*2


協和音程, 純正音程

そもそも協和する音程、協和音程とは何か、ということを考えてみます。

昨今の音楽において最も主要な協和音はメジャートライアドでしょう。メジャートライアドは

根音 - 長3度 - 完全5度

の3つの音で構成されます。

12平均律は等比的にオクターヴを12等分にするので、半音の周波数比は  1 : 2^{ \frac{1}{12} } となります。完全5度は7半音なので、

 1 : 2^{ \frac{7}{12} } = 2 : 2.9966 \ldots \approx 2 : 3

と、ほぼかなり簡単な整数比となっています。

今度は長3度を見てみましょう。4半音なので、

 1 : 2^{ \frac{4}{12} } = 4 : 5.0396 \ldots \approx 4 : 5

とこれもほぼ簡単な整数比です。

なので、メジャートライアドは約

 4 : 5 : 6

※音量注意


の整数比で表せ、比較的単純な整数比になっています(wavは誤差なしの正確な音程)。これが、良い響きが得られる理由です。

2音の周波数比が単純な整数比で表せると、キレイに響くんですね~

また、マイナートライアドは

 10 : 12 : 15

で、メジャー程では無いにせよまぁまぁ単純です。

つまり、協和音程とは周波数比が単純な整数比になる音程、と言えるわけですね。

ただ、これは一筋縄ではいかなくて、例えば

 5 : 6 : 7

は単純な整数比ですが、これを「協和音」と感じる人はあまりいないと思います。

でもうなりはなく、注意深く聴けば協和音程独特の強烈なパワーのようなものを感じられると思います。

結局のところ何を「協和音」として感じるかは、当人がそれまでどのような音楽を聴いてきたか、等の文化的な要因が結構大きいのではないかと思うので、主観的な「協和」感はいったん忘れて考えてみましょう。

音程が整数比で表されるかどうかを中心に考えてみることにします。

周波数比が正確に整数の比になっている音程を、純正音程(英: just interval)といいます。


さて、しかし、今広く使われている12平均律では、上で見た通りよく近似出来ているとはいえ誤差があります。

そういった所をより詳しく見ていきましょう。そのために、一つ道具を使います。


音程の単位・セント

これ以降周波数比は分数の形式で書くこととします。完全5度だったら 3/2 のように。

周波数比がそれぞれ  r, s である2つの音程を合わせた音程の周波数比は、 r \times s となります。でも積や比より和や差の方がわかりやすかったり扱い易いことが多いです。

なので、周波数比の対数をとることがよくあります。それがセント(英: cent, ¢)という単位です。

具体的には、周波数比  r に対して、そのセントは

 1200\log_2{r}

と定義されます。

このように定義することで、1¢が12平均律の1ステップを100等分にしたものになります*3。また、音程の和がセント値の和になります。

ちなみにDAWやシンセでの音程の細かい調整は大体このセント単位なので、DTMerディーティーエムンチュの方々はよく知ってると思います。

さて、これで一通り基礎知識は解説し終えたので、本題に入りましょう。


5度圏無限螺旋, コンマ

5度圏を見てみましょう。

Fig. 1 GeoGebraで作った5度圏

皆さん見慣れた(?)5度圏かと思います。でもこれは12平均律5度圏ですよね。純正な完全5度を使って5度圏を作ってみたらどうなるでしょうか。

12平均律の完全5度はピッタリ700¢ですが、純正な完全5度のセント値は、

 1200 \log_2{\dfrac{3}{2}} = 701.955 \ldots \  \mathrm{cents}

と、わずかに12平均律のものより大きいことが分かります。これで5度圏を作ると、当然12個では閉じず、微妙にズレます。

構わずその後もどんどん5度を積んでいくと、下図のように、螺旋状に描けます。

Fig. 2 †真†の5度圏

この5度圏は永遠に閉じません*4。内側にも外側にも無限に続いて行きます。

また、音名は時計回りに7つ進む度にシャープが1つ付き、反時計回りならフラットが1つ付きます(xはダブルシャープ)。
すると、F♯とG♭のような12平均律では異名同音だった音が異なる音になり、区別されるようになります。

さて、このとき完全5度を12個積み上げた音程は(e.g. C-B♯)、元の音には帰って来なくとも、結構小さい音程になることが予想できます。
計算してみると、

 \left( \dfrac{3}{2} \right)^{12} \times \dfrac{1}{2^7} = \dfrac{531441}{524288}

 1200 \log_2{\dfrac{531441}{524288}} = 23.460 \ldots \ \mathrm{cents}

だけ離れていることが分かります。これは見てわかるように比較的小さい音程(12平均律の半音の約1/4)です。

このような小さい周波数比の音程のことをコンマ(英: comma)といいます。

このコンマは特に、ピタゴラスコンマ(英: Pythagorean comma)という名前がついています。


もう一つ重要なコンマを紹介しておきましょう。


長3度は5度圏のどの位置に来るのかに注目してみます。
C-Eなので、時計回りに4つ進んだところにあります。ということは、完全5度4つ分ですね。

仮に、完全5度を純正にして、それを4つ積み重ねた音程はどうなるかというと、

 \left( \dfrac{3}{2} \right)^{4} \times \dfrac{1}{2^2} = \dfrac{81}{64}

となります。一方上での話より、純正長3度は 5/4 だったはずなので、この長3度とは

 \dfrac{81}{64} \div \dfrac{5}{4} = \dfrac{81}{80}

 1200 \log_2{\dfrac{81}{80}} = 21.506 \ldots \ \mathrm{cents}

だけ離れていることがわかります。

このコンマをシントニックコンマ(英: syntonic comma)といいます。ジントニックではないです


テンパーアウト

さてここで、12平均律の完全5度・長3度を、純正な完全5度・長3度と同じものであると「見なす」こととします。

その上で、12平均律においては、上で見たように完全5度×12が元の音に戻ってきます。それはつまり、

12平均律ではピタゴラスコンマがユニゾン*5 と同一視されるということです。

また、12平均律では、完全5度×4の長3度(81/64)と純正な5倍音系の長3度(5/4)も同一視されているといえます。
この2つの音程の差はシントニックコンマでしたから、

12平均律ではシントニックコンマもユニゾンと同一視されることが分かります。

この、特定のコンマがユニゾンと同一視される、または言い換えると「なかったことにされる」ことをテンパーアウト(英: temper out)といい、

「12平均律ではピタゴラスコンマ・シントニックコンマがテンパーアウトされる」

という風に使います。

テンパーアウトされた結果として、その調律には多かれ少なかれ誤差が生じることになります。12平均律では完全5度が 3/2 より約 1.96¢ 低く、長3度は 5/4 より約 13.69¢ 高くなります。

12平均律は特に長3度のズレが大きく、実は結構アバウトな協和音なんですよね。


さて、ここまでコンマやテンパーアウトについて色々話してきましたが、「見なす」とか曖昧な表現でごまかしている部分もあります。次の項目からは、今まで解説してきたことをより厳密に定式化するために、数学の力を使って見直していこうと思います。

再びいくつかの道具を召喚します。

線形代数を使う

モンゾ&ヴァル

この後の議論をするために、モンゾヴァルというものを定義します。イメージとしては、ベクトルの一種です。


最初はモンゾから。モンゾは周波数比に対して定義されます。

まず、任意の純正音程の周波数比  r 2, 3, 5, \ldots , p_k (ただし  p_i i 番目の素数を表す)を素数 n_2, n_3, n_5, \ldots , n_{p_k} を整数として、

 r = 2^{n_2} \cdot 3^{n_3} \cdot 5^{n_5} \cdots p_k^{n_{p_k}}

の形に一意に書き表すことができます。指数には負の整数も許していることに注意。

このとき、素数2から順番にその指数のみを取ってきて、それらを要素とするベクトルを作ります。

 (n_2, n_3, n_5, \ldots, n_{p_k}) のような感じです。

ただこのとき、量子力学の方でよく使われるブラ-ケット記法のケットベクトルのような記号で書くのが慣例となっていて、本当は

 [ n_2 \ \ n_3 \ \ n_5 \ldots n_{p_k} \rangle

のように書きます*6。このベクトルのことをモンゾ(英: monzo)といいます*7

モンゾを使う利点としては、指数のみの表記なので、音程の和がそのまま各要素(座標)の和で求められ簡単であることと、
あと音程空間(後述)などを考えることができるところです。

いくつか例を示すと、

純正完全5度(3/2) :  [ {-1} \ \ 1 \rangle

純正長3度(5/4) :  [ {-2} \ \ 0 \ \ 1 \rangle

シントニックコンマ(81/80) :  [ {-4} \ \ 4 \ \ {-1} \rangle

ピタゴラスコンマ :  [ {-19} \ \ 12 \rangle

という感じです。


そしてヴァル。ヴァルは各平均律に対して定義されます。

ある素数倍音がある平均律の何ステップ分で近似されるかを考えます。

例えば、12平均律では

で近似できます。

それらのステップ数を並べたベクトルを作ります。ただこれも、ブラベクトルを模した表記を使います。

12平均律ですと、

 \langle 12 \ \ 19 \ \ 28 \ldots ]

ということになります*8。これをヴァル(英: val)といいます。

なお、どの素数倍音まで考えるのかは場合によります。詳しくは後述

次に一般の場合を考えます。
オクターヴを均等に  n 分割した  n 平均律を考えます。素数 p とします。

 p 倍音 n 平均律 k ステップに近似する場合、各々のセント値を比較して、

 1200 \log_2{p} \approx k \cdot \dfrac{1200}{n}

 \Leftrightarrow k \approx n \log_2{p}

が成り立ちます。

与えられた実数  x を最も近い整数に丸める関数を  R(x) と定めれば*9

 k = R(n\log_2{p})

とできます。
よってヴァルは、

 \langle R(n \log_2{2}) \ \ R(n \log_2{3}) \ \ R(n \log_2{5}) \ldots ]

 = \langle n \ \ R(n \log_2{3}) \ \ R(n \log_2{5}) \ldots ]

と表せます。

5倍音まで表記したヴァルでいくつか例を示すと、

19平均律 :  \left\langle 19 \ \ 30 \ \ 44 \right]

31平均律 :  \left\langle 31 \ \ 49 \ \ 72  \right]

53平均律 :  \left\langle 53 \ \ 84 \ \ 123 \right]

という感じです。

テンパーアウトの再定義

こいつらで何が出来るかというと、まぁいろいろあるのですが、まず、ある音程がある平均律の何ステップに相当するのか、を計算で求めることができるようになります。

やり方は簡単。

平均律のヴァルと音程のモンゾを、各座標ごとに掛け合わせ、それらを全部足す、要は内積をとることで、その音程がその平均律内で現れるステップ数を出すことができます。

そしてやはりというべきか、ブラ-ケット記法のごとく、ヴァルとモンゾを貼り合わせて表記します。というか多分この為にブラ-ケット記法を使ってる

例えば、12平均律で短3度(6/5)が何ステップになるのかを求めるなら、12平均律のヴァル  \langle 12 \ \ 19 \ \ 28 ] と 6/5 のモンゾ  [ 1 \ \ 1 \ \ {-1} \rangle を用いて、

 \langle 12 \ \ 19 \ \ 28 \ | \ 1 \ \ 1 \ \ {-1} \rangle

 = 12 \times 1 + 19 \times 1 + 28 \times ( -1 ) = 3

と、3ステップになることが求められます。

なぜこれが成り立つかは読者への演習課題とします。しません

さて、ではテンパーアウトされるコンマで計算したらどうなるでしょうか。シントニックコンマ  [ {-4} \ \ 4 \ \ {-1} \rangle で計算してみると、

 \langle 12 \ \ 19 \ \ 28 \ | \ {-4} \ \ 4 \ \ {-1} \rangle

 = 12 \times ( -4 ) + 19 \times 4 + 28 \times ( -1 ) = 0

と、0になります。「なかったことにされる」わけですしおすし。

つまり

 n 平均律がコンマ  r をテンパーアウトする」
⇔「  n 平均律のヴァルとコンマ  r のモンゾとの内積が0」

が成立するわけですね。そしてこれが、「  n 平均律がコンマ  r をテンパーアウトする」のより厳密な定義となります。

どの素数まで考えるのか ── p-リミット, 音程空間

ヴァルは、どの素数まで考えるのかで長さ(つまり、次元)が変わります。

全ての素数について考えようとすると、ヴァルベクトルが無限次元になってしまいます。素数は無限に存在するので。

また、モンゾも、可能なすべての有理数で考えると、無限次元が必要になってしまいます。

無限次元で考えることもあるっぽいのですが*10、あまり大きな素数倍音は、大抵の楽器でそもそもほとんど鳴っておらず、考える意味があまりないことが多いので、ただ議論が煩雑になってしまうだけです。

そこで、考える素数の上限を決めることがよくあります。その上限のことをリミット(英: limit)といい、
例えば7倍音のことまで考えるときは、「7-リミット」と言います。

7-リミットでは、11以降の素数倍音は考えないようにして、対象とする周波数比も分母分子に7までの素因数しか持たないものだけを考えます。
例えば 7/6, 15/14 などは7-リミットですが、11/9, 14/13 などは7-リミットではありません。
ヴァルもモンゾも2, 3, 5, 7の4次元ベクトルになります。

素数計数関数を  \pi(x) とすれば、 p-リミットのヴァル・モンゾベクトルの次元は  \pi(p) 次元になりますね。

ちなみに、モンゾベクトルのなすベクトル空間を、音程空間(英: interval space)と言います。


さて、いよいよ音律の実例に入っていきたいと思います。

一番なじみ深い(?)ミーントーン音律というのを例に、説明しましょう。

レギュラー音律, ランク-2音律 ── ミーントーン音律を例に

※最初に断っておくと、今から話す「ミーントーン音律」というものは、伝統的な西洋音楽で用いられた「ミーントーン(中全音律)」とは深い関係があるものの、別のものとなっていますので注意してください。微分音の理論から見直したものになります。

音律またはテンペラメント(英: temperament)には様々な種類があるのですが、今回紹介するミーントーン音律(英: meantone temperament)は、その中でもレギュラー音律(英: regular temperament)*11というものの中の、ランク-2音律(英: rank-2 temperament)というものの一種となります。

「ランク」とは行列の「階数」のことなんですが、なぜそんな名前なのかは一旦置いときます。

ランク-2音律は、リミット、テンパーアウトするコンマ、そして周期(英: period)とジェネレーター(英: generator)*12というものを決めることで定まります。

リミット

最初に、リミットを決めます。

ミーントーンは5-リミットから13-リミット程までの間、特に7-リミットで考えられることが多いのですが、ここでは一旦もっとも簡単な5-リミットとします。

つまり7倍音以降は除外して考えます。考える音程空間は 2, 3, 5 の因数の個数を座標に持つ3次元ベクトル空間となります。

コンマ

次に、コンマをテンパーアウトします。
どのコンマをテンパーアウトするかによって、音律の系統や種類が決まります。

ミーントーン音律は、シントニックコンマ(81/80)をテンパーアウトする音律です。

テンパーアウトするコンマの数は、場合により変わります。ランク-2音律の場合具体的には、

テンパーアウトするコンマの数 = ベクトル空間の次元(i.e. リミット以下の素数の個数) - 2

です。

今回は5-リミットミーントーン音律なので、3 - 2 = 1つのみでOK。

周期&ジェネレーター

そして、周期とジェネレーターを決めます。

周期とは、オクターヴの一般化で、「その音程ごとに同じ音階、スケールが繰り返される」という性質をもつ音程です。メジャースケールもマイナースケールもオクターヴごとに同じパターンになってますよね。

オクターヴの一般化とは言いましたが、大体の場合オクターヴです。ミーントーン音律でも周期はオクターヴ(2/1)です。

そしてジェネレーターなんですが、これは5度圏の一般化です。

再掲

5度圏とは完全5度を繰り返し取っていって出来るものです。

言ってなかったかもしれませんが、メジャースケールなどの音階は完全5度を繰り返して得られる音を並べて作られます。

Cメジャーの7音(C, D, E, F, G, A, B)は5度圏上で連続して隣り合っていますよね。いわゆる教会旋法もこの性質をもっています。

この時、この「反復していってスケールを生成する」音程をジェネレーターと言います。

ミーントーン音律のジェネレーターも完全5度(3/2)です。

ランク-2音律の構成

ランク-2音律においては、これら周期とジェネレーターという2つの音程を組み合わせて、指定したリミットのすべての音程を網羅することができます。
ここで、組み合わせるというのは、逆数でも構いません。ジェネレーターを逆数にすれば、「ジェネレーター圏」を逆向きに進むことになります。

ミーントーン音律の場合は、周期 2/1 とジェネレーター 3/2 の組み合わせで5-リミットのすべての音程を表します。ただ、2/1 と 3/2 だけだと当然3-リミットの音程しか表せません。

そこでシントニックコンマ(81/80)をテンパーアウトしたことが活きてきます。

シントニックコンマをテンパーアウトしたことにより、比がシントニックコンマ(の整数乗)になる2つの音程は、同一視されます。例えば、 上でも話した通り、5/4 と 81/64 は同一視されます。
シントニックコンマはいくつ掛かっててもよいので、互いにシントニックコンマ分離れている 729/512 ~ 45/32 ~ 25/18 の3つは全部同じとみなされます。

これによって分母分子に素因数5が入っている音程も周期とジェネレーターの組み合わせで表せることになります。

ジェネレーターを重ねてできた音程に、音程が [1,2) の区間に入るように(つまり1オクターヴの中に収まるように)適宜周期の整数乗で割ってあげたものを表にすると、下のようになります。シントニックコンマ分だけ異なり同一視される音程を、" \sim" でつないでいます。

ジェネレーターの数 音名(Cを基準とする) 周波数比の例
0 C  1
1 G  \frac{3}{2}
2 D  \frac{9}{8} \sim \frac{10}{9}
3 A  \frac{27}{16} \sim \frac{5}{3}
4 E  \frac{81}{64} \sim \frac{5}{4}
5 B  \frac{243}{128} \sim \frac{15}{8}
6 F♯  \frac{729}{512} \sim \frac{45}{32} \sim \frac{25}{18}
7 C♯  \frac{135}{128} \sim \frac{25}{24}
8 G♯  \frac{405}{256} \sim \frac{25}{16}
…… …… ……

逆方向も示します。

ジェネレーターの数 音名(Cを基準とする) 周波数比の例
0 C  1
-1 F  \frac{4}{3}
-2 B♭  \frac{16}{9} \sim \frac{9}{5}
-3 E♭  \frac{32}{27} \sim \frac{6}{5}
-4 A♭  \frac{128}{81} \sim \frac{8}{5}
-5 D♭  \frac{256}{243} \sim \frac{16}{15}
-6 G♭  \frac{1024}{729} \sim \frac{64}{45} \sim \frac{36}{25}
-7 C♭  \frac{256}{135} \sim \frac{48}{25}
-8 F♭  \frac{512}{405} \sim \frac{32}{25}
…… …… ……

線形代数を使う

これをベクトル空間の視点から考えてみます。

元々の音程空間は5-リミットの3次元ベクトル空間であって、各素数倍音(2/1, 3/1, 5/1)が基底でした。
わざわざ書くまでも無いですが、モンゾで書くなら

 [ 1 \ \ 0 \ \ 0 \rangle
, \
 [ 0 \ \ 1 \ \ 0 \rangle
, \
 [ 0 \ \ 0 \ \ 1 \rangle

の標準基底となります。

これが、シントニックコンマをテンパーアウトすることで、周期とジェネレーターからなる空間に移される、と考えます。

周期とジェネレーターが張る空間は2次元空間となり、周期1つ、ジェネレーター1つの音程をそれぞれ


\begin{pmatrix}
1 
\\ 0
\end{pmatrix}
,
\begin{pmatrix}
0 
\\ 1
\end{pmatrix}

と標準基底で表すこととすると、3次元音程空間から2次元周期&ジェネレーター空間(?)への線形写像を考えることができます。

具体的に、5-リミットミーントーンで各標準基底がこの写像によってどのように移されるかを書き出してみると、

 [ 1 \ \ 0 \ \ 0 \rangle \mapsto \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \end{pmatrix}
, \
 [ 0 \ \ 1 \ \ 0 \rangle \mapsto \begin{pmatrix} 1 \\ 1 \end{pmatrix}
, \
 [ 0 \ \ 0 \ \ 1 \rangle \mapsto \begin{pmatrix} 0 \\ 4 \end{pmatrix}

のようになります(みんなも計算してみよう!)。よって、この写像の表現行列は、


\begin{pmatrix}
1 & 1 & 0
\\ 0 & 1 & 4
\end{pmatrix}

となります。

そして、この行列の「ランク」が2なので、ランク-2音律という名前がついているんですね~

この表現行列を使えば、ある周波数比が考えている音律(ここでは5-リミットミーントーン)において周期何個+ジェネレーター何個になるかを導くことができます。

モンゾを列ベクトル表記にして、左から表現行列をかければ導けます。16/15 で試してみましょう。

モンゾ(列ベクトルのすがた)は、


\begin{pmatrix}
4 \\ -1 \\ -1
\end{pmatrix}

なので、


\begin{pmatrix}
1 & 1 & 0
\\ 0 & 1 & 4
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
4 \\ -1 \\ -1
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
3 \\ -5
\end{pmatrix}

となり、16/15 はミーントーン音律においてジェネレーター逆向き5つ + 3オクターヴで得られることが分かりました(上の表で確認してみよう)。


ところでこの表現行列、ヴァルに似てるな?って思った方、鋭いです。

ヴァルはモンゾと内積をとることでステップ数を出すものでしたが、1ステップをジェネレーターと考えれば、これはランク-1の表現「行列」だといえます。

そして、n平均律はランク-1音律であることが分かります。

また、さっき

テンパーアウトするコンマの数 = ベクトル空間の次元 - 2

という式を書いたと思うのですが、この2というのは周期とジェネレーターを合わせた個数であり、またランクの値とも一致します。

7-リミットに拡張

今まで5-リミットで考えてきましたが、7-リミットに拡張するとどうなるでしょうか。

テンパーアウトするコンマの数 = ベクトル空間の次元 - ランク

なので、4次元の7-リミットにするには、追加でもう一個コンマをテンパーアウトせねばなりません。

ただその選び方は一意ではなくて、選んだコンマによって新たな7-リミット音程の「位置」が変わるので、様々な拡張があり得ます。

そんな中でも多分一番有名なものは、マーベルコンマ(英: marvel comma) 225/224 をテンパーアウトするセプティマルミーントーン音律(英: septimal meantone)です。

マーベルコンマは、5/4 2つと 14/9 の間の比です。

 \left( \dfrac{5}{4} \right)^{2} \div \dfrac{14}{9} = \dfrac{225}{224}

 1200 \log_2{\dfrac{225}{224}} = 7.711 \ldots \ \mathrm{cents}

 \mathrm{monzo} : [ {-5} \ \ 2 \ \ 2 \ \ {-1} \rangle

つまり、5/4 はジェネレーター × 4でしたから、ジェネレーター × 8で 14/9、ジェネレーター × 2で 9/8 なので、合わせてジェネレーター × 10で 7/4 になることが分かります。

なので、C-A♯間が 7/4 になります。増6度ですね。

また、表現行列は、7倍音写像

 [ 0 \ \ 0 \ \ 0 \ \ 1 \rangle \mapsto \begin{pmatrix} {-5} \\ 10 \end{pmatrix}

となるから、


\begin{pmatrix}
1 & 1 & 0 & {-5}
\\ 0 & 1 & 4 & 10
\end{pmatrix}

となります。



さて、ランク-2音律についての話はもうちょい続きます。

平均律で近似

上で言ったことを雑にまとめると、ミーントーン音律とは「3/2をジェネレーター、2/1を周期とし、シントニックコンマをテンパーアウトすることでジェネレーター4つで5/4になるようにした音律」ということです。

ただこれだけではまだ完成ではありません。確かに各音程間の関係は作られ、ジェネレーターで全ての5-リミット音程を得られるようにはなりましたが、具体的な調律のセント値は定義されていません。

その具体的な調律を得る方法も様々あります*13 が、よくある方法は平均律を使うことです。どんな平均律が対応するかと言えば、そりゃもちろんシントニックコンマをテンパーアウトする音律です。

つまり先程言ったように各平均律のヴァルをシントニックコンマのモンゾ  [ {-4} \ \ 4 \ \ {-1} \rangle とかけて0になったやつが対象です。

例えば19平均律  \langle 19 \ \ 30 \ \ 44 ] だと

 19 \times (-4) + 30 \times 4 + 44 \times (-1) = 0

となり使えますが、17平均律  \langle 17 \ \ 27 \ \ 39 ] で試すと、

 17 \times (-4) + 27 \times 4 + 39 \times (-1) = 1 \ne 0

でありミーントーンとしては使えません。

こういう計算をやってくれるスプレッドシートを作ったので共有しておきます→リンク

上のスプシでシントニックコンマをテンパーアウトする平均律を探すと、倍数で同じジェネレーターになるものを除いて

5, 7, 12, 19, 26, 31, 43, 45, 50……

辺りが候補になります。

セプティマルミーントーンなら、さらにマーベルコンマ  [ {-5} \ \ 2 \ \ 2 \ \ {-1} \rangle もテンパーアウトする平均律が対象となります。

12, 19, 31, 43, 50, 74……

辺りが候補になります。


まぁこんな感じで探せました。

今度は各平均律にどのような違いがあるか、見ていこうと思います。

MOSスケール

突然ですが、12平均律のメジャースケールを思い浮かべてください。スケールの各音の間隔はどうなっているでしょうか?

C-D-E-F-G-A-B-Cのうち、E-F間とB-C間だけ1ステップ(半音)で、他は2ステップ(全音)です。つまり2種類の間隔のみで構成されていますね。

そして、このスケールはジェネレーター(3/2)を順方向に5つ、逆方向に1つ(Fのみ)、合計6つとって得られます。

実は、12平均律でなくとも(例えば19平均律のジェネレーターでも)、同じようにとれば2種類の間隔のみで構成される同じ構造のスケールとなります。19平均律の場合はE-F, B-C間が2ステップ、他が3ステップとなります。

もっと言うと平均律である必要もなくて、700¢付近のどんな音程をジェネレーターとしてとっても、必ず2種類の間隔のみで構成される同じ構造のスケールができます*14

この、単一のジェネレーターで生成され、かつ2種類の間隔のみで構成されるスケールのことをMoment Of Symmetry scale、略してMOSスケール(!?)といいます。モスバーガーMOSFETも関係ないです

特に、今話している12平均律のダイアトニックスケール(全音階)と同じ構造をしたスケールを(そのまま)ダイアトニック(英: diatonic)といいます。

2種類の間隔のうち、大きい方がm個、小さい方がn個だとして、「mL ns」のように表記します。ダイアトニックは「5L 2s」と表されます。

また、Lの間隔/sの間隔 の比が2より小さいときsoft、2より大きいときhardといいます。ちょうど2の時はbasicといいます*15。ミーントーン音律のMOSスケールは少しsoft側のdiatonicであることが多いです。


より具体的にどのような平均律が5L 2s MOSスケールを作れるのか見ていこうと思います。

12平均律のジェネレーターを少しずつ上げていくと、F以外は高くなっていき、Fだけは低くなっていきます。そうすると「L」は広がっていき「s」は狭くなっていきます。

するとあるところで「s」の大きさが完全に0になります。つまりFがEと、BがCと一致します。この時、5平均律になっています*16

なので、hard側の端っこは5平均律になり、ジェネレーターは3ステップです。このジェネレーターのサイズを1オクターヴを 1/1 として、3/5 と書…いてもいいんですが、周波数比と混同しないよう 3\5 と書くことにします。セント値だと 720¢ です。

今度は逆に少しずつ下げていくと、「L」は狭く、「s」は広くなっていきます。そうするとあるところで「L」と「s」が同じ間隔になります。すべてが等間隔の7音ということで、これは7平均律になっています。

なので、soft側の端っこは7平均律で、ジェネレーターは4ステップです。4\7 と書きます。セント値は 685.714…¢ です。

そして、この2つ(4\7, 3\5)を両端に配置します。

4\7  3\5

そしてこの2つの「分母同士、分子同士を足し合わせる」ことによって新しい「分数」7\12 を作ります。この操作で出来る数をmediantといいます。mediantは必ず2つの数の間になります。

見ればわかりますが、7\12 は12平均律のジェネレーターですね。つまりbasicなdiatonicが得られました。これを真ん中に置きます。

4\7  7\12  3\5

そしたら、今度は隣り合う2つに対して、mediantをとる操作をします。

4\7  11\19  7\12  10\17  3\5

11\19 はsoft、10\17 はhardなジェネレーターです。

そしてまた得られた列の隣同士で……を繰り返していきます。

下のStern-Brocotの木のようなイメージですね。

SternBrocotTree
Fig. 3 The Stern–Brocot tree by Aaron Rotenberg
CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons


これを繰り返していくと、平均律がsoft-hardの順に並んだ表が作れます。

4段目までやったのがこれです。

Fig. 4 5L 2s diatonic scale tree

ちゃんと両隣2つのmediantになってるか確認してみよう。

さっきミーントーンは少しsoft寄りだといいましたが、上図で大体の位置を書いておきました。schismatic, superpythに関しては後編で話します。上で挙げたミーントーンに使える平均律の候補が、大体青丸の範囲にあると思います。

12平均律はミーントーンではありますが、結構高い方であることが分かると思います。実際さっきも言ったように、5/4 の近似は +13.69¢ でまあまあ高めです。少し低い31平均律では 3/2 が -5.18¢ になる一方、 5/4 は +0.78¢ とほぼ純正です。3/2 の響きを多少犠牲にする代わり、5/4 にかなり近づいています。もっと低い19平均律では、3/2 は -7.22¢、5/4 は -7.37¢ で共に少し低めになります。

短3度(6/5)はどうでしょうか。こいつはジェネレーター × (-3) なので 5/4 などとは逆に、ジェネレーターを低くすればするほど高くなっていきます。12, 31平均律ではそれぞれ -15.64¢、-5.96¢ であり、19平均律では +0.15¢ となってほぼ純正となります。

7/4 は12平均律で +31.17¢、19平均律で -21.46¢ であまり良くないですが、31平均律では -1.08¢ でより近いです。

こうしてみると31平均律が全体的によい近似が取れることが分かるでしょう。なので微分音界隈(?)ではスタンダードな平均律だったりします。でも個々の音程に注目すれば、例えば 6/5 は19平均律の方が良い近似です。

なので、一概に「この平均律がいい」とは言えなかったりもします。そもそも「良い近似が良い平均律」なのかは疑問なんですけど。

……まぁそれは置いといて。

突然の終了

この後他の音律を紹介しようとしたんですが流石に文量が多すぎるなと思い、一旦ここで終わりにしておきます。

ごちゃごちゃ言ってないで曲を聴きまくるのが一番いいと思います。ぼくもあんまり聴いてない

機会があったら作りたいですね、十中八九ウケないけど。ボカコレとかにも微分音派閥はいるみたいです。今後流行るのか見ものです。

それでは、皆さん良きxenharmonicライフを!

後編はできたら公開します。

参考

en.xen.wiki

この記事の内容は大体このwikiにあります。

英語と数学に自信のあるンチュは読んでみて下さい。

*1: この挨拶してるの私だけ説がある

*2: Nori Jacoby et al., "Universal and Non-universal Features of Musical Pitch Perception Revealed by Singing", Current Biology, 2019, URL: https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(19)31036-X

*3: だからセントって言うんだね

*4:もし途中で閉じるなら、それは数オクターヴ上の元の音となるはずで、それはつまり周波数比が2の冪乗ということになる。だが2と3は互いに素であるため、3/2 の冪が整数になることはない。

*5:ここでは自分自身との音程という意味。周波数比1。完全1度とも

*6: ケットベクトルと比べると "|" が "[" になっていて少し違うが理由は不明。Xenharmonic Wiki内でもあまり統一されてなかったりする。

*7: 微分音研究家および作曲家のJoseph Monzoに由来。

*8: ブラベクトルと比べると "|" が "]" になっていて少し違うg(ry

*9: 具体的には、床関数(!?)  \lfloor x \rfloor を用いて、 R(x) = \left\lfloor x + \dfrac{1}{2} \right\rfloor と表せる。 要は小数第一位の四捨五入

*10: ある平均律の全体的な近似の「良さ」をみる場合など。僕もよく分かってないので深入りしないでおく。

*11: 和訳は適当。"regular" の意味がよく分からないので一旦こう訳した。

*12: 群の生成元のことなのだが、区別したいので敢えてカタカナにする

*13: 最小二乗法とか使って最適な近似になるジェネレーターを計算してそれでスケールを作るとか。詳しくはPOTE tuningで検索。

*14: ちゃんと証明とかした方が良いんだろうけど分からないのでやりません。

*15: ちょうど2って、12平均律のことですけどね。

*16: BがCと一致するということは、5度圏がC-G-D-A-E-B(=C) となるということであり、5つで閉じるのでこれは5平均律に他ならない